話があちこちに飛んでいますが、これまで書いてきたことは、現在の国際協力機構(JICA)の業務がコンサルタント契約にシフトして来ているということを言いたかったからです。独立法人になってから大きく変わったJICAです。責任を持って仕事をするという聞こえのいい表現で現在仕事を遂行していますが、本部をみても現地の事務所をみても責任を取れるほどの人材的に能力があるのか、大いに疑問のあるところです。
日本で一番大きな組織は、国であり地方公共団体です。国の外交の窓口である外務省から分離独立したような形のせいで、JICAはもともと専門技術という点で実力のない組織ですから、頼りはコンサルタント会社ということになってしまいます。コンサルタントが事前調査をしてコンサルタントがプロジェクトを遂行するなんて構造に変化しつつあります。
JICA側からの反論としては、今でも関係省庁の指導監督を受けているという話があるかも知れませんが、責任があるないで仕事に対する姿勢は違っているはずです。ま、そんな言い訳はしないでしょうね、実力がないと自ら認めるようなものでしょうから。
JICA自身が勉強して人材を育てるのは大いに結構ですが、できることとできないことがあるのはないでしょうか。複雑多岐にわたる技術移転のすべてをカバーできるだけの人材がないことは明瞭なことなのに困ったことです。しかも、現場主義なんて言い出したから、現場はもっと大変です。職員数の少ない中で、次から次へと新しい技術移転の分野の勉強をしなければならなくなっています。
成果主義の下で、失敗を恐れるということも弊害としてあるでしょう。相手国の体制そのものが不安定ということもあるのですから、ODAは相手国政府に対する国際協力なので失敗はつきもののはずです。失敗もあると胸を張って言えないはずはありません。こういうのは税金の無駄遣いとは言わないのではないでしょうか。
個人的には、JICAの組織変えは改悪だったと考えています。外務省を頂点にして、国、地方公共団体の力を借りて、技術移転をするのが本来だと考えています。大きな仕事をしているのですから、責任は外務省なり担当省庁が持てばいいのです。JICAで全部を背負う必要はないと思います。
現在のコンサルタント契約にシフトして来ているのには大きな危険性があると考えています。まず、決定的なことですが、コンサルタント会社は利益のためだけにしか動かないということです。仕事をやってもらうためにTOR(仕様書)でガチガチに縛ってしまいますが、その結果、現地では仕様書どおりのことをやってさっさと引き上げてしまいます。相手国にとって何がもっと役に立つのか、そんなことを考えるはずがありません。
さっさと引き上げると書きましたが、これはコンサルタント会社の意志ではなく、企画段階で長期間の滞在では経費が掛かるので、どうしても現地での滞在期間を短くするという企画になってしまいます。長期間にした場合、全体の経費がかさむので他社との競争に勝てなくなってしまいます。こういうやり方では、JICAは自分で自分の首を絞めているという見方もできる訳です。
そして、肝心の相手国の政府職員の見方ですが、JICAが雇ったコンサルタント会社だから自分たちも使えるという発想すら持っているのです。これが技術移転でしょうか、日本の経験を活かし、一緒になって考え、必要な技術を移転するという趣旨とは大きくかけ離れていると思います。
建前上、軍隊のない日本ですから、ODAは外交の有効な一手段だと思います。外務省にとって、ODAの実行部隊のJICAを独立法人にしてしまうというのはメリットがないものと考えます。そういう外交絡みのものは、今でもJICAを通じて実行可能という話がありそうですが、それなら独立法人というのはどういうことかという疑問が生じて来ます。
JICAはもともと国の組織ではありませんでした。それを独立法人にする意味があったのか、大いに疑問です。強いて合理的な理由をみつけるとすると、事業規模の縮小のためでしょうか。これは大変皮肉な見方ですが、JICAの活動内容いかんでは現実にそうならないとは言えないでしょう。
しかし、日本では実感のない景気回復のせいでODAには依然として批判的な意見が多いと思いますが、国際的な潮流の中では、日本からの援助はさらに求められているはずです。
現地に行って、与えられた仕事だけをさっさとこなして帰って来るというような国際協力ならば、縮小してしまえばいいとすら思います。また、現在やっているような技術までお金で買えるということなら、技術援助などしなくても資金援助をすればいいとしたものでしょう。こういう本質的な矛盾を持っていることを気がつかない方がおかしいと思います。
JICAがこのまま進むのであるなら、外務省の中に純粋なODA遂行機関を組織したらいかがなものでしょうか。
(おわり)
国際協力の場で活躍する専門家にはいろいろな種類があります。特定の技術移転のためだけに派遣された人、広範囲な行政的・技術的アドバイスをするために派遣された人というように性格も違っています。
ただ言えることは、専門家というのは直接相手国の人たちと接して仕事をしているということがあります。なぜこんなことを言ったかというと、一般的に外務省やJICAの職員というのは、外国でその国の人たちの中で仕事をやっていると思われがちだからです。
現実はそうでもないのです。そういう組織の人たちは、どちらかというと日本を向いて仕事をしていると言っても間違いではないと思います。もちろん、会議や打ち合わせという場で現地の人たちと接することはあるでしょうが、専門家が現地の人たちと接している時間に比べたら比較にもなりません。
ですから、国際協力の最前線にいる人が専門家であり、また別な分野で活躍している海外青年協力隊ということになります。この協力隊については、ボランティアベースなので今回は触れません。今回は、専門家の話ということで絞らせていただきます。
私は、どちらかというと行政的・技術的アドバイスを求められて派遣されるタイプの専門家でした。派遣前によく訊かれたことがあります。「あなたは任国でどんな技術移転をして来る予定ですか?」という質問です。私は、「行ってみないと分かりません」という答しか普通はしませんでした。
私の答えははなはだ無責任のように聞こえるでしょうが、むしろ私はこの点を強調したいと思います。現地に入って、何が必要で、どのように技術移転をしたらいいかを考えて、それから業務計画を作成するというのが本筋だと考えています。
専門家が任国政府に行くと、いろいろな問題に直面します。最悪なのは、前任者が要請したのであって今は必要ないとか、どうして要請書が出されたのか分からないとか、要請した分野とは違う専門家が派遣されたとか、技術移転の直接の相手となるC/Pが不在であるとか、所属先がまだ決まっていないとか・・・ 当初からこんな問題はいくらでもあります。
これらの原因にはいろいろあります。相手国の人事異動、日本側の調査不足、受け入れ側の体制の不備、日本側の対応に時間が掛かったので忘れられた、などなど。派遣された専門家にとっては原因を追究しても仕方のないことです。もしも、受け入れ体制がしっかりしていて、なすべきことが明確であるというケースだったら、これは幸運というべきでしょう。
相手国からすると日本側のアクションが遅過ぎるというのが大きな問題になります。要請書が提出されて専門家の派遣が実現するには、少なくとも1、2年以上は掛かっています。日本側もこれは承知していて、「日本の国際協力は動き出すまでには時間が掛かりますが、大きな仕事でも動き出したら着実に遂行されます」と説明しているくらいです。
派遣当初の実態を説明しましたが、結果的には紆余曲折しながらもなんとか業務が開始されることになります。業務計画はこうして少し先が見えた段階で作成され、実行に移されるものです。ですから、専門家が派遣前に現地でどうするつもりなのか、具体的に答えることは不可能に近いものでしょう。
専門家のC/Pというのは、かなり地位の高い人になります。課長、部長、局長、それは派遣される専門家のレベルにもよるでしょう。いずれにしても、高い地位の人というのは、会議への出席が多く、専門家と直接話をする時間すら限られているものです。
他の専門家がどうしているのか詳しくは分かりませんが、私の場合はC/Pの部下に対する研修・教育を行うことを主要な技術移転項目にしました。C/Pとは対等に議論し、その部下たちには技術移転を直接行うというパターンです。
専門家とC/Pとの人間関係は大変重要です。これがまずいと専門家は何もできないことになります。C/Pというのは、そのくらい重要な存在です。それが最初から不在というようなケースでは専門家は途方に暮れるしかありません。こういう最悪ケースを、幸い私は経験していませんが、同じ国に派遣された専門家からそういう話を聞いたことがあります。
JICAの制度の中で、いいものの一つにC/P研修というものがあります。これは実際にC/Pを日本に招き、日本で研修を受けてもらうというものです。前述したようにC/Pというのは地位が高いので、日本にいられる期間はせいぜい2週間、人によっては1週間程度です。
私は、このC/P研修期間と自分の一時帰国の期間を合わせ、日本に来ているC/Pの面倒をみるという方針を持っていました。そうしないで日本にC/Pだけを送り込む専門家もありますが、この場合はよほど受け入れ機関がしっかりしているのでしょう。
C/Pが日本にいる間、研修に同行することもありますが、一番の問題は休日です。休日、単身で来日しているC/Pを誰かが面倒みないといけないでしょう。私の場合は、家族総動員で対応しました。仕事以外の時間で個人的なつながりが深まるという意味があります。C/Pは業務遂行上大変重要ですから、C/P研修後、仕事にいい影響が出ることが多いと思います。
(つづく)
現場主義といっても現地JICA事務所にすべての権限が移譲された訳ではありません。予算獲得の時期になれば、本部との折衝があります。本部に対する関係省庁からのアドバイスもあります。となると、専門家としても直接関係省庁と連絡を取るということになり、話がますます複雑化してしまいます。現場主義というキャッチフレーズ、スローガンですが、現実は必ずしも単純には機能しないものです。
現場主義に関してもう一つ不合理なことを挙げましょう。JICAには、専門家などに対する福利厚生というかさまざまな規定がありますが、いろいろなケースがあってJICA事務所の担当者は頭を痛めることが多いようです。日常業務のある中、個別に専門家から問い合わせのある特殊なケースの扱いについて調べたりすることは結構時間の掛かるものです。
このケースなどの場合、今ではインターネットなどで自由に通信できるのですから、本部にその分野に精通した職員がいて、適切にかつ迅速に処理することは十分可能だし、むしろ現場で対応するより効率的だと考えられます。
JICA事務所で問題だと思うことの一つに現地スタッフのリクルートの問題があります。JICAのポリシーは、まず安いこと、安くていい人材を探すことです。相手国の人件費の相場からみてもかなり低い金額でサラリーを抑えます。これでは、能力のある人材が集まりそうもないという水準です。実際、面接に現れるのは、ほとんど英語を話せない人たちです。
それでも、どういう事情かは分かりませんが、大勢の候補者の中から少しはまともな人材をみつけることはできるでしょう。そして採用になります。サラリーがサラリーですから、一から教えないといけないでしょう。
問題は、その後に出て来ます。こういう安く採用された人材が、JICA事務所で10年以上働くことになると、その給料は現地水準よりも大分高給になって行きます。外務省の規定を準用しているのでしょうが、毎年定期的な昇給があることがその理由です。こういうのは国によって変えるとか柔軟な対応がとれないものでしょうかねぇ。
そもそも大した人材を雇っていないのに、それが10年以上も働いていれば、高給取りになって行きます。こうなれば能力が不足しているといって辞めさせたくても、当事者が辞めるはずがありません。JICAのリクルートの方法、結果的に安い買い物なのかどうか大いに疑問です。
むしろ定期昇給をできるだけ抑えて、初任給を高目に設定すれば、いい人材を獲得でき、年数が経って昇給が悪いということになれば退職するかも知れません。外国で転職はかなり自由なのが一般的ですが、外国でも日本の終身雇用の制度を運用しているようで、腑に落ちないところです。
もしも、10年働いた優秀な現地スタッフが辞めてしまえば、また若い優秀な人材を高給で雇えばいいだけのことです。現地スタッフについて、日本人と同じように扱うべき、現地の人たちと同程度の給与水準を保つべきという二つの考え方があるので、解決策は簡単なことではないでしょうけどね。
JICA事務所には、他に問題点と言えば問題点といえるものがあります。イスラム圏では、木曜日・金曜日が休日になるので、日本と連絡を取り合えるのは月曜日から水曜日までの3日間しかありません。これは問題点と言っても、解決しようのない問題ですから仕方がないですね。JICA本部のイスラム圏担当部局は、休日を木曜日・金曜日にするとかすればいいのかな。外務省、大使館が一緒でないと意味がないですけどね。
(つづく)
私は現状のJICAに失望してしまったので、もはやJICA専門家の道を進もうとは考えていません。ですから、これまで言えなかったことなども含めて、日本のあるべき国際協力という視点で考えていきたいと思います。
JICAという組織は大変素直な組織だと思います。前政権の指示どおり素直に変身してしまったのですから、驚いてしまいます。改革、改革の掛け声で、これまでの実績を正当に評価しないまま組織改革が進んでしまったものと思います。
その結果、前政権の好きだった短いキャッチフレーズを使い、「成果主義」、「現場主義」という響きのよい方針を掲げ、ホ○○モンのごとくお金で技術も買えるというやり方で新しい業務を開始したのです。技術がお金で買えるのなら、開発途上国にお金を上げた方が早いと思いますけどね。
「成果主義」、「現場主義」の問題点については、これまでに
「国際協力について」という記事で再三述べていますので、ここでは改めて触れることはいたしません。
現在のJICAは、基本的に公示、公募によりプロジェクトチームや専門家を募集しています。独立行政法人になって、これはJICA職員にとっては気持ちのいいことだろうと思います。まさにお金を使って技術を買うという作業そのものです。そのお金は、紛れもなく国家予算から来るものです。
外務省の下部機関としてのJICA時代は、そうはいきませんでした。責任の主体は、外務省あるいは関係省庁にあったからです。独立法人となった今、自分のところで予算を持ち、それを自ら運用できるのですから気持ちのいいのは当然でしょう。
問題は、予算の運用に際してその内容に精通する人材に不足しているということです。技術移転のすべての分野を網羅できるだけの人材を持てるはずがありません。また持つとしたら、どれくらいの職員数になるか見当もつきません。これまでは、国の巨大な行政組織を通じて必要な部局に協力をお願いできたから効率が良かったのです。必要のない分野には声を掛ける必要はありませんからね。
したがって、JICAの予算の獲得、執行に際して、裏で動いているのが国際協力分野におけるコンサルタント会社ということになります。企画段階からコンサルタント会社が動き、JICAに資料を提供します。そして、それがコンサルタント会社に発注され、業務が遂行される。この構造っておかしいと思いませんか。
実際の話、以前のJICAでは専門家活動の内容について一生懸命学ぶ職員は少なかったように思います。責任がないからと言えばそれまでなのですが、専門分野がいろいろあって担当者はとてもそこまでは追従できなかったというのが本音のはずです。専門家のレポートを読んでいたのはJICAの職員ではなく、責任のある関係省庁の担当部署でした。
以前、私が提出したレポートをJICAの担当者が読んでいないということを知り、それを詰ったら、「いろいろな専門家の仕事の面倒をみているのでそこまでみている時間はない」なんて叱られたことがあります。担当している専門家のレポートも読まないという怠慢を居直ってしまう担当者には呆れたものです。その御仁、麻雀が大好きだそうで、そちらには大変熱心なご様子でした。
このような実態があるから、JICAに責任を持たせたいという気持ちは分かります。しかし、問題は責任を持たせても、それができるかどうかということです。職員数を二倍にしたら、かなり成果は上がるでしょう。でも、これは今の日本政府の目指す方向として逆行です。現実的ではありません。つまり、そうしなければ本来的な機能ができないというとは、改革が改悪になった典型的な例だと思います。
また別な話ですが、専門家として、相手国政府の中に行政アドバイザーとして派遣される場合があります。この場合の専門家は、コンサルタント会社の技術者という訳にはいきません。現職の公務員か公務員経験者が専門家に当てられます。この部分については、現在でも関係省庁の協力を得て仕事が進められているはずです。
現在、公務員の天下りが制限されている状況下でこの専門家としての派遣というのは人事担当部局にとっては美味しい話だろうと思います。後2年間外国で仕事するか、今退職するかを迫れるからです。国家公務員のエリートの方々は大変頭のいい方が揃っていますので、国際協力における業務遂行には心配はないでしょうが、ポスト化するというのは問題だろうと思います。
(つづく)
国際協力の現場で働く専門家ですが、そのような専門家はどこにいるのでしょうか。開発途上国の需要に合わせた専門家ということですから、相手国政府に対して技術移転できる人が専門家と呼ばれるべきでしょう。測定機材や分析機材を使う専門家を例に挙げれば、機器メーカーの技術者でないことは明らかでしょう。機材を活かすことのできる行政経験を持つ専門家が相応しいものと考えられます。
行政経験というと公務員を指すことになりますが、公務員と専門家という言葉とでは少し違和感があるかも知れません。公務員というと頻繁な人事異動の中で行政実務をこなす人というイメージでしょうか。でも、公務員の中にも研究機関に勤務する人もいますから、専門性の高い職種もあります。
本質的には、需要に合わせて最適な人材を官民を問わず探して派遣するというのが、もっとも望ましいことでしょう。現実には、そういう人がいても所属先が派遣に協力的でないという場合が多いのですけどね。優秀であればあるほど難しいというジレンマもあります。
少し脱線するかも知れませんが、公務員と専門性について触れておきたいと思います。公務員の特に技術系でも、ある課題に関して専門であるということはまずありません。しかし、国でも地方公共団体でも、問題のあるテーマに関しては大学教授などの学識経験者から構成される専門員会なるものを組織して、効率的に情報収集を行うことができます。これは役所の持つ公共性という大きな力だと思います。民間では、相当な報酬を用意しないとそんなことはできないでしょう。
ですから、公務員でもそのような仕事を担当した職員は相当な専門性を有する人材に育つものです。しかも、行政の人間ですから研究一筋というのとは違います。こういう人材は、まさに国際協力の専門家として相応しいものと考えられます。ただ、そういう人材が派遣できるかどうかという別な問題があります。所属組織が認めなければ専門家としての派遣はありません。
一方、国でも地方でも技術的な仕事を民間コンサルタント会社に委託して進めるということがあります。そういう仕事を請け負うコンサルタント会社の人たちは、自分たちこそ専門性があると自負していることと思います。実際、多くの技術的仕事がこういうコンサルタント会社によって進められています。行政はその結果を利用するということになります。
ちょっとここで、私の個人的な意見を述べたいと思います。日本のコンサルタント会社の地位はどうしてこれほど低いのでしょうか。常々疑問に思っています。医者、弁護士に匹敵するような特殊技術、能力を発揮して仕事をする割には、お金で雇われているという扱いを受けています。私の言いたいのは、この点ではなくて、むしろそのせいか日本のコンサルタント会社は卑屈になってしまっているように見受けられるということです。
国はともかく、地方公共団体ではコンサルタント会社の担当者の方が学歴が高いということは普通に見られることです。それでも、お金を払う方が偉いという昔からの概念のまま扱われているのがコンサルタント会社ではないかと思ってしまいます。私は役人時代、コンサルタントの会社のスタッフであっても能力のある人にはそれなりの敬意を払って対応してきたつもりです。
健全なコンサルタント会社もありますが、国際協力の仕事の中でも、頻繁に談合やら不正を行って指名停止処分を受けているコンサルタント会社のいかに多いことか。これが、私の言う卑屈になってしまっているという結果です。今はお金の世の中、私がそんなことを言っても、何も変わらないかも知れませんけどね。
コンサルタント会社にもピンからキリまでありますが、国際協力分野にも需要に合わせていろいろなコンサルタント会社が存在しています。ゼネコン並みの大規模なコンサルタント会社もあるかと思えば、一匹狼のような人もいます。逆に言えば、儲けになる話があれば、必ずコンサルタント会社があると言っても過言ではないでしょう。
民間としてコンサルタント会社ではなく、大手企業などにいる技術者について触れませんでしたが、もちろん専門家として相応しい人たちが大勢います。ただ問題なのは、第一線で働く民間の技術者が国際協力に参加してくれるかどうかということがあります。本人にその気があったとしても、会社での仕事がありますから、現実問題としてかなり難しいといえます。
現実的には、専門家として相応しい能力を持った方が会社を定年退職され、フリーになったときがチャンスといえるでしょう。こういう形で国際協力に入られ、エネルギッシュに活躍されている方々を多く存じ上げております。
(つづく)
国際会議において、開発途上国であっても、その国の大臣や局長の堂々たる説明を聞いていると、それなら日本からの国際協力なんて不要じゃないかって思いたくなってしまいます。日本人はどちらかというと、そういう席でのスピーチが苦手ですから、メモすら見ないで朗々と説明するのを見ていると一層立派に思えてしまいます。
国際会議ですから、「そんなことを言ったって、実際には信頼できる測定データすら持ってないじゃないか」なんて本当のことを言う人はいません。この部分が開発途上国のウィークポイントなんですけどね。では、どうやって日本への技術援助が求められるのでしょうか。その辺から、お話しして行きたいと思います。
言い方は悪いですが、どんな開発途上国でもプライドや自信は強いものです。「ないのはお金だけ」というのが偽りのない気持ちでしょう。経済大国でかつ技術立国である日本側としては、開発途上国の頼りない技術力に対して技術援助を行うことは積極的なのですが、本音での話はなかなかできるものではありません。
もちろん、公式の場所でなければ、大臣や局長クラスの人たちも本音を話してくれますが、それでもそれがオープンになるのは困るとしたものでしょう。となると、客観的な数値などが意味を持って来ます。例えば、測定装置や分析装置などの台数ですね。ちゃんとやっているけど、不足しているという筋書きが必要になるという訳です。
必要な技術援助は惜しまない日本側ですが、要請を受けたからと言って、100%要請に応えることができるとは限りません。開発途上国の経済状態に応じて、対応が変わります。最貧国に近いランクの国に対しては、建物と機材、それからプロジェクトチームと専門家の派遣を行うでしょう。もうちょっと開発の進んだ国の場合は、建物は相手国の負担とし、日本側は機材とプロジェクトチームを派遣するということになるでしょう。先進国に追いつきそうな国に対しては、機材の供与はできないので、専門家派遣という技術援助なら協力しましょうということになるかも知れません。
日本側の技術援助はそんなものですが、開発途上国の人たちの一般的な考えはどうでしょうか。日本側の技術援助を受けたことのある組織だと、かなり日本の援助システムを知っているようですが、一般的に要請手続きなどについてはそれほどは知られていないと思います。
日本政府に対する要請書は、唐突に現地の大使館に上げられる例というのは少ないと思います。話が形になるまで、両国の担当者レベルの折衝があり、大きな案件については日本側もチームを作って臨むことになります。
では、折衝に入るもっと前の段階はどうでしょうか。日本へ技術援助を要請するという根っこの部分のことです。開発途上国には、「ないのはお金だけ」という発想がありますから、まずは日本に対して資金面での援助を期待しているはずです。資金の調達なら、ワールドバンク、アジア開発銀行、国際協力銀行などがありますが、そこを頼るにはかなり高位での意思決定が必要ですし、審査もあります。しかも、返済しなければなりませんから大変な話です。石油資源のある国なら、比較的簡単に話を進めることができるでしょうが、普通の開発途上国では簡単ではないと思います。
そこで、日本側と話を進めるうちに資金援助ではなく、機材提供を伴った技術移転という方向に話は向かっていくことになるでしょう。日本側からの提案は、機材と専門家派遣というセットになります。機材だけ渡しても使えないのではしょうがありません。
なぜ、このところを強調したかと言うと、相手側の気持ちと日本側の気持ちのズレがあるからです。相手国にとって高価な機材はありがたいものです。しかし、一緒になって派遣される専門家はそのおまけ的なもの、取り扱いを教えてくれる人というような存在で受け止められがちだからです。
日本側が考える、機材供与よりも技術移転ということが大事なのですが、ここで少しズレが生じていることが多いと思います。ソフトよりハードというのは、日本側にもあります。「箱もの」なんて表現があるように、ハードは目に見える技術協力として捉えやすいからです。昨今、供与機材が活用されていないという批判があるので、日本側としてハード優先という訳にいかなくなっているのが現状だと思います。
相手国側の事情についてもう少し踏み込んでみましょう。日本側の大使や行使が相手国の大臣や局長と話をして、日本側の援助を求めたとすると、それが引き金になって日本側が動くということはあるでしょう。大使館の書記官のネットワークを通じて、どういう技術援助が相応しいのか検討され、協議の場が設けられるようになると思います。
では、大臣や局長が相手国の震源地でしょうか。冒頭に書いたように、彼らはそれほど問題意識を持っているとは思えません。それだけの地位の人たちだと、現場のことなどほとんど知らないものです。上がってくるレポートで彼らなりに判断しているか、いいアドバイザーがいるのが普通でしょう。
私は、この「いいアドバイザー」辺りが怪しいと考えています。この人をA氏としましょうか。A氏は日本側の国際協力について割り合い詳しいと思います。多分、以前に日本側からの技術援助を受けたことがあるとか、研修コースに参加したことがあるとか、大使館関係者と親しいとか、何かの接点があるはずです。
この人たちが直接話を日本側に持ち込むこともあるでしょう。アンテナの高い人ということでは、大いに敬意を払うべきでしょうが、純粋に自国の技術レベルに対して問題意識を持っているのかどうかは、本人にしか分からないことだと思います。
A氏のような人は、大抵英語が堪能です。日本だけでなく世界の国々の情報にも精通していることと思います。高学歴であり、英語能力も優れている、そうなると当然野心もあります。日本側の良心的な技術援助をその野心のために利用しようという気持ちがあると、いずれ問題が出て来ます。
一方、日本側は話の分かる人をパイプにしがちです。英会話能力がない人をパイプにしたのでは話が進みませんから、ついつい社交性があり英会話能力のある人のところに話を持っていくようになります。技術屋の世界では、こういうタイプはあまり実力や人望がないとしたものなのですけどね。もちろん例外はありますけど。
現在では、要請案件に対して事前調査が行われることが普通だと思いますが、これにしても現地で情報を集める人(大抵はコンサルタント)は、同じように英会話のできる人を頼りにしがちです。短期間滞在しただけで相手国の裏事情まで分かるというのは至難の業でしょう。
こういう野心を持った人が、プロジェクトの相手側のC/Pという地位を与えられたらどうなるでしょうか。結果は直ぐに出ると思います。機材の種類、数がそういう人たちにとっては重要で、技術移転そのものはまったくおまけになってしまいます。プロジェクトの目に見える部分が彼らの実績と評価されるからです。
精力的に仕事をするという点で野心が活かされるならいいことだと思います。プロジェクトのC/Pとなった以上、自国への技術移転がきちんと行われ、技術が定着することに身を惜しまず働いてくれるというのが望ましいというものです。最悪のケースでは、C/Pになって自分への利益誘導という浅ましい例もありましたけど・・・
(注)C/P:カウンターパート、この場合、プロジェクトの日本側の責任者と同じポジションになる相手国の責任者
(つづく)
もうあまり政治のことについて言いたくなのですが、私は前回の選挙でかなり失望していまして、今ようやく国民が本当のこのに気がついたかなと少し思っています。すべての問題は、今の政権で出たことではなく、前首相の時代から続いていたものだと考えています。
私には、どうしても郵政民営化ということで自民党が大勝できたのか、まったく不思議でなりませんでした。前首相の言う、改革なんてほとんど偽物じゃないですか、国家公務員を減らしても、独立行政法人なんて意味不明の組織に変化させ、税金を使う構造にはまったく変わりはないというものでした。
国際協力の分野においても、現場主義だの成果主義だの、響きの良いキャッチフレーズばかり使って国民を騙したと言っても過言でないと思っています。こんな体制の中で、私の役割はないと判断し、撤退を決めたものです。
世界の国々には日本の技術を求めている国があるにも拘わらず、予算だけで業務をTOR(仕様書)で厳しく規定し、まったく柔軟性のない、民間コンサルタント会社への単なる予算の丸投げ体制は早く解消してもらいたいものです。
税金を使った国際協力という形で、これまで技術援助を行った国のスタッフたちが、今や政府の幹部に昇進しているというのに、そういう良好な人脈をさらに活かそうともせず、目先のことばかり追いかけている、これでは失望しかないでしょう。一過性の国際協力なら、税金の無駄遣いと言ってもいいんじゃないでしょうか。銀行からお金を借りて、銀行に感謝する人ってまずいないでしょう。要するに、今のやり方では、心の問題が完全に忘れられているということです。
今回の選挙で、自民党が勝とうが、民主党が勝とうが、正しい税金の使い方が望まれます。短いキャッチフレーズで国民を騙すようなやり方はもう通じないでしょう。
タイ料理にいささか嫌気がさして来たと書いて、その後もいろいろ考えています。嫌なものを嫌だと素直に言えないというのは、取りも直さず「食べるものがあるのに贅沢なこと」という観念があるからです。何の不自由もなく食べられるというのに、それを嫌だというなんて贅沢の極みじゃないかと考えてしまいます。
日本人でも実際逞しい方はいらっしゃるでしょう。マレー半島の奥地でもサバイバルできるようなすごい人なんて尊敬してしまいます。ランボーなんていうヒーローも格好いいけど、ジャングルの中でいったい何を食べているのでしょうねぇ。そんなことを考えると、タイ料理に飽きたなんて言っている自分が情けなく思えます。
ということで、今回は日本人の食についても少し考えてみたいと思います。私は世界の国々で生活してみて、日本人の味覚はたいへん鋭くて、広いものと考えています。そして、その結果、今や世界中で認知されるような美味しい日本食というものが存在しているのだと思います。
私の両親の世代は、「男子たるもの味についてとやかく言うものではない」という考えもありました。しかし、この考えは高度経済成長の下でほとんど消滅してしまったようです。「男子厨房に入るべからず」なんていうのもありました。これも今ではナンセンスですね。
一方、日本人の持つ特有の気質、「何でも師匠」というのがあります。日本人は、「なんとか道」とかいうものが大好きですね。これが食の世界に入り、飽食の時代とかグルメとか言われるようになり、どんどん食文化が進んだように思われます。
しかし、味覚なんていうものはそんなに簡単に変わるものでしょうか。私は、上の二つの矛盾するようなことについて次のように考えています。
日本は狭い国土で食についても貧しい国だった。したがって、食べられるものは何でも食べなければならないという宿命があった。そこで、山のもの海のもの、何でも食べるようになった。その結果、味覚が自然に広がり、美味しいものに関してたいへん敏感になった。
イランの人々をみていると特に思います。彼らは、もっぱら羊の肉を食べていて、海のものについては臭いと言って激しく嫌います。つまり、羊の肉がずっと供給されていたから他のものを食べるという必要性がなかったと言えるでしょう。昔から食に関して豊かだったと言えるのではないでしょうか。
ただし、イランには醤油とか味噌とかがないので、ハーブ類や柑橘系のものを利用する知恵が蓄えられています。これも逆に言えば、醤油や味噌を発明する必要がなかったとも言えるでしょう。イランは豊かだったから食文化が未成熟のまま、日本は貧しかったからこそ食文化が大いに発展したと私は考えています。
そこで困ったことが、日本人である私のいろいろなものを食べたいという欲求です。日本食だけでは飽きたらず、今や世界中の料理が日本国内で味わえるようになっていますね。日本人の持つ味覚の広さの表れだと思います。日本に似た方向性を持っている国は、中国、韓国、ベトナム、タイではないかと思います。
食文化の水準が高いと思われるフランス、イタリアなどのラテン系の国について、私は、貴族社会が食文化の発展をもたらしたのではないかと考えています。私は、中国の宮廷料理というものを知りませんから分かりませんが、ひょっとしたら中国にも西欧と同じような食文化の発展があるのかも知れません。
ただ、関東育ちの庶民である私には宮廷料理のような上品な味は少し物足らないので、果たして美味しいと思うかどうか・・・ やや疑問はあります。私がフランス料理よりもスペイン料理が好きだというのもこの辺に理由がありそうです。もっとも、フランスの庶民の食べているフランス料理は、スペイン料理と大して変わりがないと思っていますけどね。
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閑話休題、これだけ前口上を並べておいて、さて本題です。食べられるものがあるのに食べられないというのは贅沢なことと言えるのかどうか。飢餓に苦しむ状況では、そんなことを考えていること自体ナンセンスでしょうが、普通の日本人が外国に行った場合、どうなんだろうという疑問です。
海外で生活をする日本人の中には、現地の食材を上手に使いながら、日本食を用意している奥様方もおります。これはこれで立派なことだと思います。一方、現地の食事に慣れようとする日本人もあります。その両方という方もおられることでしょう。
ただ言えることは、現地の食事だけで過ごしている日本人というのはまずいないのではないでしょうか。なんらかの形で日本食の食材を入手していることと思います。外国で入手する日本食の食材というものは高価なものです。これは贅沢と言えるのでしょうか。
今回の「タイで田舎暮らし」という試みでは、日本食の食材を一切持参しませんでした。当初は、日本食が恋しいと思った段階で、ギブアップと考えましたが、現地の人でも日本食を食べることもあるから、そこまで頑なに考えることもないだろうということで、軌道修正をしました。当初の考えでは、もう既にギブアップ状態です。(苦笑)
「男子たるもの味についてとやかく言うものではない」と言っていた父ですが、その張本人、外国の料理など珍しいものがあっても食べようとはしませんでした。特に、正体の分からないものは絶対に口にしませんでした。これって矛盾ではないのでしょうかねぇ。
今回の私の問題を分析すると、問題は食事が不味いからというのではなくて、「飽き」なんですね。イランにだって美味しいものはあります。ただ、それを食べ続けることができないという問題です。タイ料理を食べ続けることができた期間は結構長かったと思います。それでも、2か月で限界が来たとも言えるでしょう。
「飽き」は贅沢なのでしょうかねぇ。キャビアばかり毎日食べなければいけないとしたら、それはやっぱり苦痛でしょうね。
また話は逸れますが、タイに来てダイエットは好調です。いやダイエットなんてしてないのですが、イランや日本でダイエットをしなければならないという状況だったのに、タイでは自動的にダイエット効果があることには驚いてしまいます。今でこそタイ料理に嫌気がさしたと言っていますが、これまではそうでもありませんでした。ですから、嫌気とダイエットとは関係がないと思います。
体重については正確に分かりませんが、3kgは減ったと思います。一番顕著なのがウエストサイズです。10cm近くウエストが締まったのです。これは非常にありがたいことです。理由はよく分からないのですが、タイ料理と適度な運動、そして高温多湿による夏バテ状態というのがあるのでしょうか。
全然結論に到達しませんね。少し結論らしいことを書きましょう。タイ料理は美味しいのですが、飽きます。それがタイ料理じゃないかと思います。その理由は、味がきつい、味付け方法がワンパターンに近いからと言えるでしょう。ハーブを使った料理以外は、辛い、酸っぱい、甘いという味付けしかないと言っても過言ではないと思います。ハーブ主体のトムヤムクンなども美味しいのですが、これも頻繁に食べるという訳にはいきません。
いろいろな食材を楽しめるタイ料理ですが、飽きるという落とし穴があったということが結論でしょうか。贅沢であろうがなかろうが、飽きてしまえば美味しいとは思えないものです。タイ人がどうして飽きないか・・・ 日本人との味覚の差でしょうか。
生活が豊かであれば自然に幸せを感じるというものではないでしょうか。では、今の日本って本当に豊かでしょうか。この疑問はずっと前から問われていますね。今回は、分かりやすくタイの田舎と比較してみましょうか。
日本人の多くが考えている豊かさ、つまり物ですが、タイの田舎でもほとんどのものがあります。自動車、オートバイ、カラーTV、冷蔵庫、電子レンジ、洗濯機、携帯電話、などなど。今流行りの薄型TVだって、広い家ではあんまり意味がないでしょうしね。エアコンはちょっと微妙な問題です。現地の人たちは生まれたときから、こういう環境で生活しているので、実際問題あまり必要性を感じていないと思います。
食生活は現地の食習慣に依存しますから、日本人があれがないこれがないと言ってもしょうがないでしょう。現地の人にとっては不足はないはずです。日本人はいろいろな味を好むので、イタリア料理やフランス料理のレストランがないという指摘だったら当たっているでしょうね。確かにタイの田舎では、さすがにこういうものは存在していません。
決定的な違いは、インターネットサービスでしょうか。タイの田舎にはADSLすらありません。インターネットサービスのお店はADSLだと思いますが、やろうと思えばできないことはないのかな。でも、村人たち、暇そうだけど、インターネットを使おうという気はあまりなさそうです。(笑)
逆を言いましょうか、私のいるタイの田舎では、広大な敷地に大きな立派な家に住んで、庭には熱帯植物、観葉植物、果物のなる木などがあって、犬が数匹、猫も少々、小鳥が2,3羽。熱帯植物と言っても、土地のものでない変わったものが多く見受けられます。そして、現地の人たち、自分たちが貧しいなんてこれっぽっちも思っていません。田舎のタイ人のおおらかさはまさに環境から生まれたものだと思います。
これって、豊かだと思いませんか。この村の問題は、高学歴になると仕事が地元でみつけられないということでしょう。村でフツーの生活をする分には何も問題ないのに、一生懸命勉強して、学歴を高めたら、村から出て行かなければならない。これは地元の問題だと思いますね。そして、逆にどうしてわざわざ苦労して幸せな生活を捨てるのだろうという疑問すら湧いてきます。
多分、その答えは時代が変わっているということなのでしょう。昔のままでは現代人は生き抜けないというか、このタイの田舎でもそうなのだろうと思います。若い人が地元にいたいと思ったら自分で新しい仕事を始めないといけないでしょう。あと10年もしたら、この田舎も変わることと思います。変わると言っても、若い人たちが村から出て行くということでしょうけどね。
日本人が豊かさを感じたければ、発展途上国で生活することかな。日本人は一応お金持ちですから、物価の安い国ではお金持ちの生活ができます。もっとも外国で日本食を求めていたら、物価が安いという環境を享受できませんけどね。このことを別な言い方をすれば、日本人は外国に出なければ豊かさを感じることは難しいのかも知れません。(苦笑)
日本のいいところが、携帯電話とウォシュレットというのではちょっと寂しいかな。インターネット環境では韓国など他の国に負けているし、食文化はそれぞれの国固有のものだから比較できませんしね。
今考えているのは、田舎のタイ人がどうしてプラスティックのお皿で食事をしているのか、どうして磁器のきれいな器をほしがらないのかって考えています。豊かさの物差しが違うんじゃないかってね。値段が高いというのはありますが、どうもそれだけの理由ではないような気がします。実用本位なのかなぁ。でも、お金持ちのタイ人の家では立派な食器がありますけど・・・
(村の家)

(村の家の庭)
今回、タイの田舎でサバイバルライフもどきをやっていますが、このところ気になるのが、スーパーマーケットに置いてあるジョニーウォーカーの黒ラベルです。多分、3500円くらいで買えると思うのですが、現地の人からすれば高嶺の花だと思います。
現地の人たちは国産ウイスキーのメコンかそれ相当のもの、あるいは焼酎だと思いますから、150円から550円程度のものです。私が飲んでいる安いスコッチでも1300円くらいしますから、これですら贅沢なのでしょう。約1か月半、安いスコッチで我慢して来ていますが、やっぱり美味しいとは思いません。
もちろん、不味いと思いながら飲んでいる訳ではないので、精神衛生上はそれほど問題はないと思うのですが、最近ちらちらと脳裏をかすめるのがジョニーウォーカーの黒ラベルです。スーパーマーケットに置いてあるんだから、現地の人でも買うんじゃないか・・・なんて悪魔の囁きが聴こえてきます。(笑)
買いはしませんが、もしも、今ジョニ黒を買ったら、きっと「美味しい~~~」と感じ、天国にも昇る気分になるんじゃないかと思います。実は、私はジョニ黒を感動するほどにまで美味しいと思ったことはありません。いいウイスキーという程度の認識でした。
つまり、私の言いたいことは幸福感なんていうのは相対的なもので、普段からいいお酒を飲んでいると幸福感を失いますよということです。普段からいいお酒を飲んでいたら、よりいいものへと進むでしょう。ジョニーウォーカーからスイング、さらにはロイヤルサルートへと行くんじゃないかな。そして、それも普通になることでしょう。
幸福感という物差しでみた場合、普段のものといいものとのギャップがあればあるほど大きな幸福感が得られるのではないかと思います。セレブな生活に憧れ、いよいよそれが実現したときに期待していたほどの幸福感が得られないということは十分考えられませんか。
普段は質素な生活をして、たまに高級なものを味わう。こういう生活の方が幸福感を得る機会が多いと思います。
そういう訳ですから、私は安物スコッチだけでなく、タイの国産ウイスキーに慣れようと努力しています。どんどん下げればより大きな幸福感が得られるんじゃないかってね。いつかはジョニーウォーカーの黒ラベルを買うぞ~。(笑)